盂蘭盆ラプソディー
篠沢・・・そう、篠沢三丁目まで。お願いね。
運転手さん、夕べは賑やかだったわね。
お祭りなんてホント何年振りだったかしら。
あの人はいっつも仕事に追われてて、あたしは拗(す)ねてばっかりで・・・
ふふ。でも意外だったわ。
生きることには不器用なくせに、あの人結構うまいのよ、金魚掬いが。
ほら、見て。この金魚たち。可愛いでしょ?
初めは赤い身を捩じらせ逃げ回っていた。
けど、みんなあの人に追い駆けられるうち、いつのまにかあの人に夢中になってすぐに腰砕けになりながらうっとりとあの人を見つめていたわ、その丸い目玉でね。
「誰かさんみたいに・・・かい?」
耳元に熱い息を吹きかけながらあの人はあたしの腰を長い指でそっと撫であげたの。
それからあの人は真っ赤な林檎飴をひとつ買ってくれたわ。
代わりばんこに、飴を舐め合いながら、あたしたちは若い恋人同士のようにお祭りの夜店の並ぶ境内をぐるぐると歩き回ったのよ。
気がつけば祭りの灯も消えて、あたしはあの人の腕の中にいた。
もどかしく帯を解いた後、あの人は一晩中あたしに素敵な夢を見させてくれたわ。
なのに、翌朝眼が覚めたら・・・
何処にも居ないのよ、あの人が。
でも、あの人の行く先はすぐにわかったわ。
だから、あたしはも一度浴衣(ゆかた)を纏(まと)うと、
こうしてタクシーを拾ったのよ、運転手さん。
「お客さん着きましたよ、ココでいいんですよね」
そうよ、篠沢墓地、ココでいいの。
ほらごらんなさい。やっぱり、いた。あのお墓の前、ね、見えるでしょ?
ちょっと猫背のあの人の後姿が。
やあね、あの人ったら、神妙に手を合わせてる。うふ。
・・・あたしがアソコに居ると思ってるんだわ。
そうね、もうお盆も終わりだものね。
あの人にお別れを言ったら、あたしも帰らなくちゃ、ええ・・・アソコにね。
まあ、運転手さん。何を慌てているの。
乗せたはずの浴衣の女が急に消えてしまったから?
ごめんなさい。驚かすつもりはなかったの。
久しぶりにあの人に逢えて、ついはしゃいじゃったの。
そうだわ、代わりに、この金魚たちを置いていくわね。
ううん、あたしはいいの。
きっと来年もにあの人はあたしの為に金魚を何匹も掬ってくれるだろうから。
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逝く夏のきみが心の涙うた 風に攫はれ 一人盆帰り ゑ女
# by kuki-eme | 2023-06-05 15:03 | ゑ女の掌編 | Comments(0)